あなたは、闇の声を聞いたことがありますか?
  私は、聞いたことがあるのです。
  ただ、それが何だったのかは、未だ判らないのですが・・・。

それは、ある冬の夜の事でした。
その日は読んでいた小説が丁度佳境に入ったところで、 ついつい夜中まで読みふけってしまい、床に就いたのは夜中の1時を廻ってしまっていました。
その頃の私の部屋にはストーブも無く、 あまりの寒さになかなか寝付けないでいました。
小一時間程過ぎた頃でしょうか? ようやくウトウトとしてきた私の聴覚に、何やら異変が起こったのです。
突然私の聴覚が、テレビのチャンネルが切り替わるかのように、「シャーッ」という音に支配されました。
それが耳からなのか、頭の中に直接なのか判らないままに、私の意識は眠りの淵から引き戻されたのです。
我に帰った私の頭上に、それは突然現れました。見えそうで見えないその何かは、不気味なほどに禍々しいもののように感じられました。
「やって来た」とか、「降り立った」とか、そういうものではなく、まさに突然そこに存在した、といった感じでした。
それは、もの凄い存在感で、私の身体全体に重くのしかかってきました。部屋の空気全体が、目に見えぬ物体に変化したかのようでした。
「闇の重さ」そんな言葉こそが似つかわしい感じでした。
その闇の何者かは、私の頭の中で何かを話し始めました。その声は低い低い、唸るような、
まるで地鳴りのように地の奥底から聞こえてくるかのように、私の頭の中に響きわたりました。 呪文のようなものだったのかもしれません。
一瞬、私にはその意味が理解出来そうに思えました。
いいえ、おそらく理解する気になり、意識を向けてしまったら、理解出来てしまうように語りかけられていたのかもしれません。
しかし、私には、それが理解してはいけないもののように思えて、懸命にその声から気をそらそうとしました。
ややもすると意味を解してしまいそうな言葉に抵抗しながら、私は身体の四肢に至ってまで動かなくなっていることに気づいたのです。
小指の一本ですら動かないのです。「金縛り!」私はそう直感しました。
地の底からの低い低い呪文のような声は、静かに、しかし重みを持って私を押し潰さんばかりに頭の中で響き続けます。
そうしたまま、どのくらいの時が過ぎたのでしょうか?
思考力に痺れを感じるように次第に抵抗する気力を失いつつあった私の心の中に、
まさに突然といった感じに、「孔雀明王法」が浮かんできました。
私は縋り付くように(藁をもつかむ気持ちで)孔雀明王法を心で唱え始めました。
すると、今迄あれほど絶対的な力を持ってのしかかってきていた闇の重さが、いくらか軽くなったように思えました。
僅かに人差し指が動きます!私はさらに唱え続けました。
それは、現れた時のように、すっと突然重さを無くし、 あれ程までに縛り付けていた金縛りも解けていました。
気付けば聴覚も正常に戻り、その闇が去ったことを感じました。
しかし、心臓は早鐘のように打ち続け、真冬だというのに汗でびっしょりになっているという現実が、
先刻までの体験が夢ではないという事実を告げているように感じられ、改めて震えがやってきました。
あれは、一体何だったのでしょうか?未だにそれは判らないのです。
そして、あの時あの言葉を理解してしまっていたなら、 私は今、どうなっていたのでしょうか・・・・?
あの体験以後、私には霊の存在を感じることが出来るようになっていました。
闇の声は、私に「霊感」という迷惑な置き土産を置いていったのです。

  あなたは、闇の声を聞いたことがありますか?
  私は、聞いたことがあります。
  それが何だったのかは、未だ判らないのですが・・・・。

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